3鼬と私。

動物看護士3年目のヨウと日々溺愛中の3フェレ『壱・姫・鉄』の日常を綴ったブログです♪
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  [ 4年前の今日 ]
2007-05-26(Sat) 23:36:52
今日は我が家の初代フェレ、凜の命日です。

私にとって初めてのフェレット、

そして動物看護士を目指すきっかけになった子。

もう4年経ったんやなぁ…

凛


凛 2



2002年10月11日にやってきた、シナモンの男の子。

噛み癖もなく、とっても大人しくていい子でした。

家族みんなに可愛がられ、ピンポン玉を追いかけるのが大好きな、

男の子にしては小柄な凛。

少し他の子よりも身体が弱いらしく、

冬には風邪をひいたりもしたけど、その度お薬で良くなったんです。

今思うと、そのときに気づいていればよかったのに・・・

春前から後肢が麻痺したようにふらつき、うまく歩けなくなりました。

すぐに病院へ連れて行ったものの、レントゲンを撮っても異常なし。

病院へ通っても良くなる気配は全くなく、逆に状態は悪くなるばかり。

このままではダメだ、と決心して血液検査とエコーをお願いしました。

朝病院へ連れて行き麻酔なので誓約書を記入し、

麻酔事故もなく夕方お迎えに行きました。

腕とお腹の毛を刈られ、とっても寒そうに見えた凜。

すぐにふかふかの毛布を敷いたキャリーに入れてあげました。

これで原因が分かって治るんや!と信じていた私、でも…

結果…どこにも異常は見当たりませんでした。

先生は「ここまでくると脳に問題があるとしか…」

検査なんかせーへんかったらよかった。

痛い思いをさせただけになってしまった。

後悔はあったものの、担当の先生がとても熱心な方で、

なにか効果のある治療はないか、いくつも調べてきてくださったり、

電話で様子を確認してくださったり、

「諦めずに頑張りましょう!」と言ってくださいました。

その後も週1で病院へ通い、診察、先生との相談・・・

しかし5月に入る頃にはほとんど寝たきりで、

ごはんも水も排泄も人の手が必要でした。

朝起きて、冷たくなっていたらどうしよう…と考えてしまい、

毎朝ケージを覗くのが怖かった。

亡くなる前日の夜には既に息をするのさえ、やっとの状態。

その頃の私が明日亡くなる事を感づいていたのかは分かりませんが、

その晩は凛がお気に入りのベッドに寝かせ、

すぐに様子が見られるよう、布団のすぐそばに置いて寝ました。

翌朝、いつもよりかなり早く目が覚めた私。

すぐにベッドを覗くと、すでに息はありませんでした。

泣いて泣いて、ひたすら泣きました。

もっとしてあげれたことはあったんじゃないか…、

うちに来たせいじゃないのか…と後悔してばかり。

その時、もう絶対フェレットは飼わない、と誓った私。

その後、公園に捨てられていたハムスター達を保護して飼ったりはしたものの、

自分から動物を飼おう!という気にはなれませんでした。

しかし今の学校に入り、きちんと向き合うことが出来たんです。

そして今現在、ご存知のとおり壱姫がいてます。

凜は1歳になれなかったけど、壱は3月に、姫も来月には1歳を迎えます。

凜がいなければ、動物看護士という職業を知ることもなかったし、

目指すこともなかったでしょう。

そしてフェレット愛好家にもなっていなかった。

凛は私に、動物看護士になれと言ってくれたんではないか…

と思えるようにもなりました。

4年経っても闘病中を思い出すと辛いけど、

凜と過ごした7ヶ月はほんとに幸せだった。


凜へ・・・最期のほうはしんどかったやろう、でも、ほんの少しでも、

うちの子になれて幸せやったと思ってくれたら嬉しいな。

きっと今頃、たくさんのフェレ達と、虹の橋で遊んでるよね。

病気で走り回れなかった分も、いっぱい走ってな。

そして、壱姫を見守ってあげてね、お兄ちゃん。


なんだかうまく文章になってない日記でごめんなさい。
眠るように亡くなっていたので、解剖もせず火葬してあげました。
今頃たくさんのフェレ達と遊んでることを願って・・・
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